をかしの耳——古典に学ぶ聴覚
枕草子には音の描写が多い。「いとをかし」と評された音たち——夜中の雁の声、几帳の裾の衣擦れ、暁の鶏——は、千年経った今も文字の中で鳴っている。清少納言は間違いなく「聴く人」だった。あの随筆は平安京の音響観測日誌でもある。
音は記録されれば消えない。文字でも、譜面でも、波形ファイルでも、記録は音の延命装置だ。ならば、と講義で問うてみた。記録されなかった音はどこへ行くのだろう?
学生の答えが良かった。「消えたことに気づく人がいないだけで、どこかには残ってるんじゃないですか。空気って、意外と忘れっぽくないかもしれないし」。非科学的で満点の答えだと思う。物理学はまだ、世界の忘れっぽさを測定したことがない。(相原)